2018年 葛原正八幡宮 秋季例大祭

 

今週末からは、地元葛原の秋祭りです。

9月に入ってから、各地の祭りへ巡っていましたが、見る側からする側へと立場は変更です(笑)

 

 

葛原4組の獅子組が、金曜日の夜18時頃から、葛原正八幡宮の拝殿で順番に奉納をしていきます。

 

お祓い[ 氏参り(2016/10/14) ]
お祓い[ 氏参り(2016/10/14) ]

 

太鼓ぶちの頃から、周りの大人達が緊張感を持って金曜日を迎えてたのを見ていました。

そのような大人達を見て、自然と管理人自身も、3日間あるお祭りの中で金曜日は少し特別な1日になっているかもしれません

よく本祭りの日程を聞かれますが、日曜日もいいのですが、個人的には金曜日をお勧めしたいです(笑)

今年の大木獅子組の順番は、4番目です。

とうとう、葛原も秋祭りが始まります

 

[ 葛原正八幡宮 秋季例大祭の日程はこちら ]

 

 

多度津町葛原のお祭り – 香川県の獅子舞 –

 

幟

 

朝、起きると家の前には大きな幟が立っています。
この幟を見れるのも、祭りが始まるまでの1週間程ですが、朝起きてこの幟を見るのが、毎年の楽しみにもなっています(笑)

9月末から各地で秋祭りが始まっていますが、多度津町葛原も、今週末の金曜日の夜18時から日曜日にかけて始まります。

前回の記事では、中讃地域の獅子舞文化について少し書きましたが、次は各地へ巡って気づいた地元葛原のお祭りについて書いてみようと思います(*^^*)

多度津町葛原は、多度津町でも端にある地域です。
善通寺市、丸亀市のすぐ隣りになりますので、祭り時期になると善通寺市金蔵寺町や、丸亀市金倉町から太鼓や鉦の音が聞こえてくるほどです。

 

葛原正八幡神社
葛原正八幡神社

 

そんな端にある葛原正八幡神社は、多度津町内にある神社の中でも敷地も広く大きな神社です。

秋祭りも、南獅子組、北獅子組、西獅子組、大木獅子組の4組の獅子組が奉納をし、現在は少なくなっていますが、管理人が子供の頃は沢山の天狗、烏天狗のダカ達もいました。
(ダカのことが相当好きなとある男性が頑張って、葛原のダカ文化を盛り上げようと頑張ってくれています(笑))

 

多度津町葛原の秋祭り(1970年頃)
多度津町葛原の秋祭り(1970年頃)

 

神社から御旅所までの道のりを長い行列を組んで進んでいく光景は今も見られます。
葛原は、多度津町の中でも大きな祭りをしている地域かもしれません。

なぜ多度津町の中心から離れている地域で、比較的に大きな祭りをしているのでしょうか。

その昔、管理人の父親が子供の頃、神社の湧き水で泳いでいたと聞いたことがあります。

実際に、葛原正八幡神社の森と涸れることのない泉を指して「葛原は森八町、池八町」と呼ばれていたそうです。
殿涌(とのゆ)、鬼涌(おにゆ)、皿涌(さらゆ)の3つの湧水があったと言われています。

水があるところには人が集まり、人が集まれば発展をする。

そして多度津町は、江戸時代には金刀比羅宮参拝の玄関港として栄えていた歴史もあり、四国の鉄道の発祥の地として人の集まる場所でもありました。

葛原正八幡神社は、「第76番札所 金倉寺」から、「第77番札所 道隆寺」への遍路道沿いにある神社です。
多度津町からの金刀比羅宮参拝と、お遍路道と人の流れがあったと思われます。

ある書籍に、神社のある八幡(やはた)は宿場町として賑わっていたと書かれていました。
そして、小学校もあったそうです。
八幡の現在の狭い街並みは、その名残が残っているのかもしれません。

葛原の祭りや行列などの神事を見ていると、善通寺市の中でも比較的に獅子組が多い神社の祭りと似ているような気がします。

人の流れがあれば、少なからず影響もあったと思われますし、水の恩恵を受けている場所であれば、祭りに対しての意識も高かったと思われます。

 

なので、葛原は多度津町でも端にありながら、大きな祭りをしていたのではないか。

 

というのが、管理人の勝手ながらの憶測です(笑)

 

 

ただこれだけいえることは、それだけ歴史のある場所で祭りができることや、人手不足等で少しずつ変わっていってるところがあるとはいえ、今でも変わらず形式を変えずに祭りが行われていることに誇りを持つことも大切なのではないかと思います。

各地の神社へ訪れ、その地の祭りを見なければ疑問に思うこともなかったであろう葛原の秋祭り。

知れば知るほど奥深さを感じる地元の祭りです。

今の神事を壊さず、みんなで大切にしながら盛り上げいくことが、外から来る人にも見せれる立派な祭りができるのではないかと思います。

個人的には、大木獅子組の獅子舞もこだわりを持って、まだまだ追及していくことも管理人の目標ではありますが(笑)

もうすぐで、年に一度のお祭りです!

今年も頑張ります(^^)/

 

 

村遣い -大木獅子組の場合-

 

葛原のお祭りでは、
金曜日の夜から葛原正八幡神社で始まり、
土曜日には地元の家々を回り、
日曜日が本祭りとなります。
前回のブログ記事で、家々を回る用語のお話をしましたが
大木獅子組では、その家々を回ることを「村遣い」と呼んでいます。
↓前回の記事はこちら
村遣い2014-大木獅子組-
大木の地区は、約60軒ほどの家々を一軒ずつ獅子舞をしていきます。
家の中に上がらせてもらい
神棚にお辞儀をし、獅子舞を始めます。
村遣い2014-大木獅子組-
何かしらの事情がない限りは家の中でしているのですが
その家の中で獅子舞をするということ自体、珍しい方だということが、
これまたこれまでの活動の中でわかってきたことです。
昔はしてたけど、今は外ですることが多い。
同じ葛原でも、他の獅子組ではそのような意見も聞きましたし、
これまで出会ってきた獅子組の方々のお話や、現地で見てきた祭りでも
外で獅子舞という形式が多かったです。
軒数が100軒を超えると、
その日に終わらすのが大変になってきますので
軒数が増えていってたら、また変わってきてた話だと思います。
でも、昔と変わらず今も同じことができているのは
地域の方々が受け入れてくれてるというのが大きな要因だと思いますが。
太鼓打ちの頃、先に家の中で待っていると必ず
「あんたどこの子な?」
と聞かれてたのをよく思い出されます(笑)
大変やったやろとジュースを出されたり、お菓子も用意されてたり、、、
そんなやりとりが、小さな時から地域の方とお話する機会にもなってたのかなと
今だから思えるところです。
これもまた大木地区の大切にしていきたい大切な文化ともいえるかもしれません。
村遣い2012-大木獅子組-
村遣いは、早朝から夜にかけて獅子舞をしていきます。
とても大変ですが、家々の神様へ奉納をすることで
その地域の安泰にも繋がるのだと思えば
今の文化を大切にしていかないといけないですよね。